贈り物手帖
愛媛県の名前の詩
大国主命、聖徳太子、そして数々の皇族が利用してきた愛媛県松山市の道後温泉。3000年の歴史を明治28年(1895年)まで飛んでみますと・・・
夏目漱石は旧制松山中学に英語教師として赴任しました。彼漱石の代表作である「坊っちゃん」の中では「住田の温」として登場する道後温泉本館。その当時新築だった本館へは正岡子規、高浜虚子など友人たちを連れ立ち毎日のように訪れていたようです。
夏目漱石たちが毎日のように訪れる際に使った道後温泉の名物といえば温泉用の竹かご、「湯かご」。特に外湯をめぐる際には欠かせないかごです。湯かごは円筒の深めのかごで、しっかりとした持ち手がついています。浴衣姿で、お風呂道具一式を入れて持ち歩く自分の姿を想像するだけで、文人になったような気分になります。
その漱石も使った湯かご。松山の竹細工はこれまた聖徳太子が推古4年(596年)に道後温泉を行啓した際に、竹林の多さに目をつけ、都の竹の編み方を教えたのが始まりと言われます。なんと約1300年の時を超え、聖徳太子直伝の竹かごを漱石も愛用していたのです。
その後道後温泉を習い、別府温泉など各地の温泉地で、竹細工が盛んになってきます。そして温泉地を訪れた湯治客たちが、お土産物として竹細工を買い求め、遠方までその評判が伝わり、各地の竹細工が名産品として形成されていくのです。
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